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ドラガン・ストイコビッチ 

Dragan Stojkovi#263;


現役時代に終止符を打ちピクシーが日本を離れる時のお話です。

引退を決め、名古屋とレッドスターとの引退親善試合を終え、ベオグラードに旅立つ数日前、私(ドラガン・ストイコビッチ)は家族4人で名古屋のレストランに出かけた。
レストランに入っても、誰も振り向かないので、今日は自分の事を知らない人ばかり何だろうなと思い、4人で楽しく会話していた。
ところが食事を終え、立ち上がったとたん一斉にお店中に拍手の音が鳴り響いた。一瞬何が起こったかわからず呆然としたが周りを見回して見ると、皆、笑顔を見せながら、こちらに向かって拍手しているではないか…しかも、「ピクシーありがとう」という感謝の言葉を口にして…。
なんと、この人達は私達を気遣って、食事が終わるまで敢えて無関心を装ってくれていたのである。怪我をして、傷心でやってきた私を助けてくれたのはむしろ日本の方なのになんという人達なのだろうか。私が居た他の国で、こんなに素晴らしい人達がいただろうか。私たちは思わず涙が出そうになった。本当に日本に来て良かった、と改めて思った。私はこの日のことは一生忘れないだろう。

私達の方こそ言いたい「日本の皆さん、ありがとう」と。


ちょっとした有名なコピペですよね。だから真実はどうか僕にはわかりません。ちなみに1994年末に制裁の解けたユーゴ代表のキャプテンとしてもプレーし続け、FIFAの制裁措置解除後、初の国際Aマッチとなった1994年12月23日の対ブラジル戦でもプレー。このブラジル戦を貴賓席で観戦したペレは「もう一度W杯で彼のプレーが見たい」と絶賛した(その後ペレはイギリスのTV番組で世界最高の選手は誰か?との問いには「ロマーリオ、ロベルト・バッジョ、ストイコビッチだ」と答えている)。

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  • [2009/11/15 17:19]
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イビチャ・オシムPart3 

Ivica Osim


イビチャ・オシムという人物はお金にはこだわりが無く買い物にはお札しか使わず、日本に来たばかりの頃は「お釣りは取っておいてくれ」と言っていた。日本にはチップの習慣が無く、この行為が失礼になる事もあると知ってからは、小銭を貯金箱に集め始め、貯まると母国ボスニアの子供達に寄付していた。
また、自分の契約書に目を通した事が無く、祖母井秀隆がオシムの家を訪れると、契約書が自宅のテレビの上に封を切らずに置きっ放しだった。困った祖母井がオシムの息子のアマルに頼んで開封してもらい、二人で「今期はナビスコ杯を取ったからこれぐらいにしないと失礼になるかな」などと話し合い、苦労して金額を決めて契約書に書き込み手渡すと、当の本人は金額を見ずにサインをしていた。


ちょっとブログ趣旨とは違ったかな?(笑)ちなみに1991年7月20日、キリンチャレンジカップに招かれたパルチザンの監督として、27年ぶりに来日。日本代表を相手に勝利を収めるが、東京オリンピック当時と比べ、日本のサッカーレベルの向上に驚いたそうです。

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  • [2009/11/14 19:57]
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イビチャ・オシムPart2 

Ivica Osim


オシム監督が脳梗塞で倒れ2009年1月、オーストリアへの帰国の際、成田国際空港には代表監督就任前に指揮を執ったジェフ千葉のサポーターらが約300人や、ジェフ時代の教え子である阿部勇樹や坂本將貴やオリンピックを指揮した反町監督なども駆けつけた。(選手が少ないのは工藤浩平選手の結婚式と重なったらしい)
オシムは「私は人生の中で数えるほどしか泣いたことがないが、その一回になるかも」とコメント。出国間際まで日本のサッカーについて、メディアや関係者に熱弁を振った。


ちなみにオシムと言えばオシム語録ですね!もっとも好きなオシム語録を紹介します。
記者から、初来日の東京五輪から40年、日本のサッカーはどのように変わったかと問われた時の返しです。
「大きく成長を遂げていると思う。だが問題は、君たちマスコミだ。40年間、まったく成長していないのでは?」

まさにその通り(笑)

オシムの言葉
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  • [2009/11/13 20:55]
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イビチャ・オシム 

Ivica Osim


1964年、ユーゴスラビア代表の一員として東京オリンピック出場のため初来日。生まれて初めて見るカラーテレビや近代的な大都会・東京に感激した。ある日合宿地近くの都市をサイクリングしていた時、見ず知らずの老婆からいきなり梨を振る舞われた。当時の日本では外国人はまだ珍しかったが、190センチもの大男を怖がりもせずもてなす日本人のホスピタリティに触れ、親日家になった。

帰国後友人のヨシップ・カタリンスキーに、「日本人は親切で誠実だ。とても歓迎されて、すぐに好きな街になった」と興奮気味に語っている。


ちなみにオシムの影響で日本に興味を持った欧州の選手やサッカー関係者もいる。オシムの友人であるカタリンスキーは、ボスニアで知日家として知られるまでになり、一時は駐日大使就任の要請もあったと語っている。

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  • [2009/11/12 20:37]
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