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浦和レッズサポーター 

レッズサポーターと浦和に在籍していたマルシオ・エメルソン・パッソスのお話です。

サポーターから贈られた温かいプレゼントに、浦和のFWエメルソン(22)は第2ステージ制覇を約束した。
7日、さいたま市・駒場スタジアムでの練習前、ナビスコ杯優勝メダルを盗まれたエメルソン、ゼリッチに思わぬ贈り物が届いた。事件を聞いたDF平川の近所に住むサポーター親子が、ダンボールを銀紙で包み、リボンをかけた手製のメダルを作って平川に託したのだ。表にはエメルソンとゼリッチの似顔絵。裏には「早くメダルが戻りますように」のメッセージが付いている。受け取ったエメルソンは大喜びだ。「本物よりずっといい。うれしい」。ナビスコ杯で悲願の初Vを飾った3日、エメルソンとゼリッチの優勝メダルが試合後ピッチに乱入したファンに盗まれた。いまだに行方は分からないが、本物以上に輝くメダルを手にする事ができた。右ひざ痛が続くエメルソンは7日も別メニュー調整だったが、きょう8日の東京V戦は強行出場する。「優勝のために東京V戦は大切だし、試合に出て勝つ」
エメルソンは第2ステージの制覇で、メダルの恩返しをするつもりだ。

ちなみにエメルソンのメダルは後日返却されたそうです。ゼリッチ選手のメダルは行方不明だそうです。メリークルシミマス(´;ω;`)ブワッ
信じるか信じないかはあなた次第です(`・ω・´)

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  • [2009/12/24 19:30]
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イングランド人記者 

02年W杯後の記事です。日本でも有名なイギリス人記者ジェレミー・ウォーカー氏の記事からです。

『イングランドに生まれた日本への新しい敬意』
いま、私はイングランドに里帰りしている。そして日本代表とサポーターが私の故郷に与えたインパクトの大きさにびっくりしている。妹の結婚式に参列するために帰国したのだが、式ではだれもがワールドカップの話をしていた。みんな一様に、イングランド代表に失望していた。
一方、イングランドの人々はブラウン官を通して日本に触れられたことに、イングランドのフーリガンを含む、一切の暴力が存在しないワールドカップに、とても喜んでいた。日本代表のスポーツ精神にのっとったプレーと攻撃的なスタイルには、感銘を受けていた。スピードだけではない。
全員が次に何をなすべきかを理解し、素晴らしいパスでいくつかの美しいゴールを生み出したことに。

日本のファンにも話題は及んだ。いま、イングランドの人々は日本をこれまでになく愛している。イングランドからのファンを、こころよく迎え入れたことにとても感謝している。たくさんの日本人がベッカム・ヘアにしてレプリカ・ユニホームをまとった光景。イングランドで代表ユニホームを着ていたら、地元警察と住民の両方から疎まれるのに。

日本の人々は温かい心と人情で、ファンと選手を受け入れてくれた。だから、日本を応援することで恩を返したんだ。イングランドサポーターの掲げた横断幕がテレビに映っていたね。

“ありがとうジャパン”

と書かれていた。こっちで見ていたみんなも同じ気持だったよ。 ありがとうワールドカップ!イングランドの人々は、日本人をいっそう理解する機会を持てた。そして、日本の人々も気づいたはずだ。
「イングランド人=フーリガン」ではないことに。

信じるか信じないかはあなた次第です(`・ω・´)

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  • [2009/11/30 19:08]
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ユーゴスラビアサポーター 

Jugoslavija.jpg



「世界の日本人ジョーク集」の著者である早坂氏がユーゴスラビア連邦(当時)の首都ベオグラードを訪れた時、住民の大半を占めるセルビア人に「あなたは日本人ですか?もしかしてナゴヤ出身?」と頻繁に聞かれた。

早坂氏が頷くと、彼らは一様に大いに喜ぶのであった。そしてこう叫ぶ。「ナゴヤ、ストイコビッチ!グランパス!ナンバーワン!」
日本のJリーグ、名古屋グランパスエイトで活躍したドラガン・ストイコビッチは世界的に知られる名プレーヤーであり、セルビア人たちの英雄なのであった。

そのストイコビッチの引退試合が、2001年10月、豊田スタジアムで開かれた。彼がユーゴスラビア時代に在籍していたベオグラード・レッドスターと、在日中に所属した名古屋グランパスエイトという粋な対戦である。その試合を、早坂氏はベオグラードでテレビ観戦した。

バーに置かれたテレビのブラウン管では、グランパスエイトの赤とオレンジのユニフォームに袖を通したストイコビッチが、満員の豊田スタジアムの客席に笑顔で手を振っている姿が映し出されていた。バーを埋め尽くしたベオグラードの人たちは、日本人である私を見つけると、満面の笑顔と共に近寄ってきて、堅い握手と抱擁を求めてくるのであった。私はセルビア語はほとんどわからないが、それでも十分であった。

彼らの中にはテレビを観ながら、本当に涙ぐんでいる人もいるほどだった。

ユーゴスラビアというのは色々ありましたし、国民感情も色々で考えさせられますよね。ちなみに、欧州の主要リーグでプレーする外国人選手を出身国別で見ると、ダントツに多いのはブラジルで、2番目はアルゼンチン。そして、3番目は何を隠そう旧ユーゴ6カ国らしいですよ!日本にも広島にミキッチなんかがいますね!

誇り―ドラガン・ストイコビッチの軌跡 (集英社文庫)
木村 元彦
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おすすめ度の平均: 4.0
3 ぴくしー
4 歴史の偶然に「ありがとう」と言おう
4 ピクシーという入り口からユーゴ問題を理解する
5 ストイコビッチの波乱に満ちたサッカー人生の記録です
5 ピクシーの偉大さを再認識


信じるか信じないかはあなた次第です(`・ω・´)

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  • [2009/11/18 17:50]
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日本サポーター&クロアチアサポーター 

NIPPON3.png


98仏W杯の日本VSクロアチア戦で日本の予選敗退が決まった時のお話です。

勝利に喜ぶクロアチアのサポーターに対して、日本のサポーターから
「決勝リーグ進出おめでとう。同じリーグを戦った戦友として、日本はクロアチアの今後の健闘を祈ります」というような英語の横断幕が張られた。

そして、日本側から
「クロアチア・ちゃちゃちゃ!クロアチア・ちゃちゃちゃ!」というエールが送られた。
クロアチア側からも
「ニッポン・ちゃちゃちゃ!ニッポン・ちゃちゃちゃ!」というエールが送られた。

一斉に会場は大拍手という状況になりました。

するとユーロスポーツTV(英語版)の司会者とコメンテーターが「何と感動的なシーンなのでしょうか。長年W杯を観戦していますが、試合後に、これほど胸がいっぱいになったのは初めてです!」「本当にその通りです。試合後に両チームの健闘を称えあう、これこそが、W杯が目指しているもののはずです。なんて素晴らしい…」

ヨーロッパの方で未だにこの事を覚えててくれる方もいるようです。


信じるか信じないかはあなた次第です(`・ω・´)

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  • [2009/11/09 12:21]
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