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ゼリコ・ペトロビッチ 

浦和レッズでプレーしていたペトロビッチのお話です。


東京中日スポーツ11月8日1面より

ペトロビッチから浦和サポーターへの伝言

「日本はすべてがファンタスティックだ」と投げキッスを日本に向けて飛ばす。「特にオーガニゼーション。日本は組織力が素晴らしい国だ」そして僕は浦和サポーターへの伝言を授かった。俺の夢はまた日本へ行くこと。そして浦和で指揮を執ること。頼む、お前。新聞にそのことを何度も書いて、浦和の人間の頭に今から俺のことを刷り込ませておいてくれ。俺は必ずまた浦和へ戻る」去年の今頃も同じようなことをスポーツナビで書いたような気がするが、ペトロビッチの浦和への愛は相変わらずだ。また日本へ戻ることを夢見る38歳の現役プレーヤー、ペトロビッチは現在コーチ修行中である。


こちらは2chより

「素晴らしい人間ばかり、高い文化の人たち。日本のサポーターはマナーが良くてどこの国でも受け入れてくれるでしょう。全世界でこんな国民は始めてだよ。フランスW杯で負けたのにゴミを拾って帰ったなんて素晴らしいよ。
そしてその中でも浦和レッズのサポーターは日本で一番だよ。僕も実は降格する時に他のJ1チームから好条件でオファーがあったんだけど、出る気は全くなかった。ピクシーやマジーニョと話しても日本サッカーのためにもレッズは絶対に一部に戻るべきだと言ってくれる。そしてレッズサポーターは必ずユーゴスラビアコールをくれる。僕の全身に力が漲る瞬間だ。日本の皆さん、僕は出場しないけど、ぜひユーゴを応援して下さい」


サカダイの浦和特集より

「浦和のサポは世界で最高だ。僕は色々な国のクラブに在籍したがこんな熱狂的で暖かいサポートを受けた事は無い」と語った。また、ブッフバルトやバイン、ベギリスタインなどの歴代外国人選手はクラブがカップ戦で決勝に進出しただけで、飛行機で日本に駆けつける。また、レッズ戦を見に行ったスコットランド人は観戦した試合ではレッズは負けたけれども引退を噂されていた福田に対して暖かい拍手を惜しまず涙も流す人もいた事に感銘を受けたらしい。

ちなみに今はハンブルガーSVのコーチを勤めているそうです。
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  • [2009/12/23 18:33]
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フランチェスコ・トッティPart2 

ワールドサッカーダイジェスト2002年8月1日号より

―韓国戦はあまりにもむごい終わり方だったけど、大会中にいい想い出はあった?
トッティ「もちろん。例えば、俺の名前の入ったユニフォームが一番売れたって聞いたときは、凄く気分がよかったね。それから、多くの日本人が、特に若い子が俺のことを応援してくれるのも嬉しかった。去年、日本代表と親善試合をしたとき(2001年11月7日、1-1)も、「俺って日本で凄く人気があるのかも」って感じたけど、今回それを確認できたからね。これは正真正銘、素晴らしい想い出だ。誰も俺からとりあげることはできないよ。」
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  • [2009/12/22 20:19]
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カカ(リカルド・イゼクソン・ドス・サントス・レイチ) 

1993年、現在も毎年行われているサンパウロFCのジュニアチームと地元少年サッカーチームとの国際親善試合の第1回の招待チームのなかに、11歳のカカ選手がいたのだ。キャプテンだったカカ選手は日伯両選手を圧倒する動きを見せ、初代最優秀選手に選ばれた。賞金は5000円。その5000円札は「サッカーで初めてもらった賞金だから、宝物」と、今でも使わないで大切に保管しているのだとか。

サンパウロFCジュニアチームの選手たちは、それぞれ農家に2週間ほど滞在し、カカも対戦相手の当時小学4年生だった黒坂啓太さんの家に泊まった。現在大学生になった黒坂さんにとって、信じられないくらいの素晴らしい思い出となっているようなのだ。山形で芋掘りやバーベキュー、習字などを楽しんだカカ選手は、帰国後も受け入れ団体の「もがみ国際交流協会」で事務局長を務めている押切さんと個人的に電話で連絡を取るようになり、家族ぐるみで交流を続けていた。01年に押切さん夫婦がサンパウロに招かれた際、パーティーでその姿を見つけると、カカ選手は感極まって駆け寄り、抱きついたそうなのだ。

02年のW杯日韓大会のときは、押切さんが決勝戦を前にカカの宿泊先を訪ね、「日本では、自分の子供が立派に成長してくれることを願って渡すんだ」と、こいのぼりを手渡したのだとか。カカ選手は何度も「ありがとう」と言い、決勝戦のチケットを渡したそう。うーん、なんて感動的な話なんだろう。そして、決勝戦が行われた横浜国際競技場では、スタンドの最前列にこいのぼりが掲げられていたそうなのだ。03年にトヨタカップで来日した際も会ったそうだけど、そのときはカカ選手の宿泊先のホテルで、警備員から「山形の人間とブラジルの選手が知り合いのわけがない」と疑われ、会うのに苦労したそうなのだ。

ちなみに呂比須ワグナーとは仲がよく、オフの時は一緒にゴルフへ行く仲だそうです。
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  • [2009/12/18 18:31]
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フィリッポ・インザーギ 

02年W杯後のピッポのインタビューです。

―今回のワールドカップで、なにかちょっとでもいい思い出は作れたかな?

インザーギ「サポーターが見せてくれた情熱と、オーガナイズの良さだね。大勢の人が純粋な気持ちで応援してくれるなかでの練習は、とても素晴らしかった。とくに、日本のファンの礼儀正しさと忍耐強さには感動したね。俺たち選手と写真を撮る、もしくはサインをもらうためだけに、何時間も待ち続けているんだから。心残りだったのは、そんな彼らと直接触れ合う機会が十分持てなかったことだね。」

ちなみに元ドイツ代表・元バイエルン・ミュンヘン所属GKオリバー・カーンが、バイエルン・ミュンヘンでキャリアを終えた後に「対戦した中で最も素晴らしかったフォワードは誰か?」と聞かれた際、「最も素晴らしいと思ったフォワードはロナウド、でも対戦していて最も嫌だったフォワードはインザーギだ。あいつは大事な試合ではいつも俺からゴールを奪う。」と語っている。
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  • [2009/12/16 19:10]
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ワシントン・ステカネロ・セルケイラPart2 

浦和を退団し、ブラジルに戻ってからのインタビューです。

インタビュアー
「1月にインタビューした時には日本に戻りたいって言ってたけど、ブラジルで成功してすごく愛される存在に戻った。そうなると日本に戻る意欲を失うんじゃないかと思うのだけど」

ワシントン
「いやなんていうか僕は日本に戻る意欲を失ったことは一度もないし、僕は日本が好きなんだ。色々なことを学んだ国だし、愛するということを学んだ国だからね。それから僕の妻や娘も日本が好きだしね。確かに僕はブラジルで成功しようとしている。そしてみんなが僕を応援してくれる。でも誰でも将来のことは考えるよね。僕も考えてる。自分や家族についてね。もし日本に戻るチャンスがあるならば、僕は日本へ戻るよ。どのチームに行けるかわからないけど、オファーがあれば行きたいと思っている。大事なのは日本で愛情をもらったということ。多くの人が僕を応援してくれたということ。だから新たなチャンスがあるならば、僕は日本に戻るつもりだよ。」

インタビュアー
「今、浦和レッズはオジェックがやめてエンゲルスが監督をやっている。もう復帰する障害はないんじゃなかってサポーターは思っているんだけど」

ワシントン
「そうだね。障害はないよ。サポーターが僕を好きでいてくれること、僕が戻ることを願ってくれているのはわかるけど、そして僕も、もしチャンスがあるなら浦和に戻りたいと思っている。浦和は僕がすごく尊敬するクラブで浦和のことが大好きだし、レッズサポーターのことも大好きだ。浦和ではタイトルも獲得した。だから僕はとても幸せだったんだ。だけど僕だけの問題ではないし、サポーター次第というわけではないんだ。クラブの事情もあるしチームを指揮する監督の考えもある。だから僕が戻るためにはいろんなことが関わってくる。でも戻りたいという意思はあるんだ。いくつかのクラブも興味を示してくれているしね。とはいえ日本人がワシントンのことを話す時はいつでも浦和の話が出てくる。なぜなら、この2つのコンビネーションは素晴らしい“つがい”の様だったから。僕の映像や写真が出る時はいつでも浦和レッズの時のものだった。だから将来、浦和に戻れるといいなって思ってるんだ。」

インタビュアー
「ワシントンは日本でブログをやっていたよね。帰国する時最後のメッセージを残した?あの日から今日までサポーターはまだあのブログにアクセスしてる。そしてコメントを書き込み続けている。」

ここでビックリした表情のワシントン
wasi.jpg
wasi2.jpg

インタビュアー
「誰かが翻訳しているのか、ワシントンが見ているのか、何も知らずにね。それでサポーターの1人がワシントンに伝えて欲しいって連絡をくれた。これまで2057人があの最後のメッセージにコメントをつけているって。」

感動した表情のワシントン
wasi3.jpg

ワシントン
「メッセージをくれたの?感度しちゃったよ。たくさんの人が僕のことを今でも応援してくれているんだね。こんなに遠いブラジルにいるのに。親愛の気持ちを持ってくれているんだね。僕に対する愛情を感じるよ。日本に着いた時から日本の人たちに愛情を持っていたし、日本の文化や習慣を心から尊敬していた。僕は日本の人たちから人を愛する心や国を愛する心を学んだんだ。そして僕の日本への愛情と同じ様に、僕への親愛の情もいつでもとても大きかった。だからヴェルディや浦和のユニフォームを着て試合に望む時は常に名誉を感じていた。そしてチームに貢献出来るように極限まで自分を捧げて戦った。幸せに思うよ。サポーターのみんなが今でも僕を応援してくれていることを。」

インタビュアー
「最後に日本と浦和のサポーターへメッセージをください」

ワシントン
「まずリベルタドーレスで僕を応援してくれたサポーターのみなさんにお礼を言いたいです。僕の夢だった日本でのクラブW杯を戦うことは残念ながらできなくなりました。大半は浦和サポーターだと思いますが、日本のみなさんが僕のためにフルミネンセを応援してくれたのはわかっています。みなさんには心から感謝しています。僕を日本から応援してくれたように僕もこちらから浦和を応援しています。今シーズン浦和がタイトルを獲得してみなさんが幸せになることを願っています。いつの日か僕が浦和に戻り、みなさんが僕のゴールに歓喜してくれる日がくるかもしれません。ひょっとすると浦和レッズではない他のチームかもしれませんが、まあどうなるか見てみましょう。僕も戻れるように頑張ります。心から日本のみなさんを懐かしくそして、恋しく思っています。ありがとうございました。」

ちなみにワシントンがリオでの生活を「とても素晴らしいよ。リオは美しくてきれいな街だよね。ビーチがあってプールがあって年中暖かい。すごく気に入った。ここに住めて幸せだよ。」と語っていると隣にいるワシントンの娘であるアナ・カロリーナちゃんが「日本の方がいいよ!私は日本の方が好き」とツッコんでました(笑)その言葉にワシントンが「じゃあ戻る?」と言うと「もどりたい~!あっちに友達がいるんだもん。」と言ってました(笑)

ワシントンのブログを覗いてみたのですが、実際に現在進行形でコメントが残されてました。浦和サポーターの人もワシントンが帰ってくるのを待ち続けているんですね。
僕の文章力ではこの感動はほぼ伝わらなかったと思うので動画で見て下さい(笑)パート3まであります。パート3でウルッときちゃいました。

http://www.youtube.com/watch?v=uQI4TljQ4Ek
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  • [2009/12/12 20:53]
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